2006年03月27日

#72 今、一番欲しいもの

学びたい。何についてでも良いんだ。

ここ近年取り組みだした英語でも良いよ。まだ全然進歩がないから。
ハリポタの原書が(つっかえつっかえ)読めるようになったからって、会話が出来る訳じゃない。会話がしてみたい。聞き取れるようになりたい。

高校時代数学に躓いたおかげで、興味はあったのに進めなかった理系分野についても学んでみたい。
生物なんか、すっごい興味あったんだ。生き物が好きだから。
物理も興味だけは津々だったよ。公式がさっぱり理解できなくて、ついていけなかったけどさ。

大学で専攻してた、史学。これに関しては、未練というか心残りが大きい。
どうしてもっと色んな本を読んでおかなかったんだろう。大学の図書館が気軽に使えて、何時間でも入り浸れて、貴重書でも許可さえ取れば閲覧できて。時々、過去に戻って書庫に籠もりたくて堪らなくなる。
どうしてもっと興味のあった土地を尋ねておかなかったんだろう。学生時代なんて、一番人生で“時間の自由”が効いた時代だったのに。親に借金してでも、長期休暇をフルに使ってフィールドワークに出れば良かった。
“大学生”という身分がこれほどまでに恵まれていたって事に気付いたのは、社会人になってしばらくしてから。「後悔先に立たず」という諺は、本当だよね。

今からでも“学ぶ”のは遅くないはず。
そうは思うけど、何から手を付けようと迷ってしまって先に先に延ばしている。やりたい事は色々あるのに、未知の領域に尻込みして逃げている。
ダメならダメだとハッキリ分かるまで足掻くだけ足掻いて諦めるなら、まだカッコもつくのに、足掻くための入口にすら立っていない。
甘いなあと思う。
ダメな人間だなとも思う。
思うだけで、前には一歩も踏み出してない自分に嫌になる。
最近このスパイラルにはまってしまっている。
仕事に追われるだけの日々を繰り返し、幼い頃から生活に染みついて染み込んでいた日々のささやかな楽しみが苦痛に変容し、「毎日何のために生きてるのかな」と鬱々考え込んでしまうせいもあるんだろう。
(楽しみ=プロ野球。大阪近鉄バファローズを奪われた今、この球団が存在しないプロ野球は私にとっては苦しみ・痛み・悲しみを味わわされ、怒りと嘆きをぶつける対象でしかない。スポーツニュースなんて見たくも聞きたくもないよ。もう近鉄が無いって事を、でもだからってプロ野球の興行には何の支障も無いという事実を、改めて実感させられるだけだから。)

「何のために」かが分からないから、せめて「何かをして」生きていたいと願うんだ。
そうなんだけど、やっぱり一歩が踏み出せない。
何をしよう。何をすれば良いんだろう。正解なんて無いのだと、分かってはいるんだけれど。でも、どうすれば一歩を踏み出せるのか、それが分からなくて途惑って動けない。

背中を押してくれる“何か”が、今一番欲しいものかもしれない。
この記事へのコメント
今晩は。ほぼ毎日読んでるよ。忙しさと疲れとで、なかなかコメント入れられないでいますが。
いつもいつも、「そうだ、そうだ」と思っています。
気持ちを的確に言葉にするの、上手だね〜

時間のある時にもっと勉強すればよかった…と私も思う。
それでも、その時その時大事なときを過ごしてきたし(たとえぼ〜っとする時間が多かったとしても、それはその時必要な時間と思うし)、今学生に戻ったらすごく勉強するかもしれないけど、私について言えばきっと自由さに慣れて再び怠惰な暮らし方に戻るような気もする。
そういう楽な方へと流れる性格なんだ(;^-^)

限りのあるほうが、その中でめいっぱい頑張る。
少ない時間だからこそ大切にしようともする。
たくさんのものをとりこぼしてきたけれど、それを今拾うのは、今というときにきっと意味がある。

そう思って日々明るく生きてます〜
(自分への言い訳は上手なのさ〜)

しろーさんはすごくいろんな事を知っており、いろんな事を考える。いつもすごいな〜と思います。
勉強は一生のもの。確かに学生の時のようにまとまった時間はもう取れないかもしれない(そういう意味では本当に貴重だ〜涙。。)
けど、きっと生きてる限り興味のあるものを見つけて、きらきら光るものを拾って、それが生きてく道を更に豊かなものにしてくれるのではないかな♪

仕事は忙しそうだし、体調はとてもとても悪そうだし、本当につらいでしょうね…
しっかりと休める時間がとれるといいのにね(>_<。)
Posted by はん at 2006年03月27日 23:32
わたしも昨日、お風呂つかりながら同じようなことを思ったよ。
なぜ生まれてきたのか、何のために生きているのか。
わからないまま生きている自分です。
わたしとしろーちゃんとでは性格もきっちり度もまったく違うけど、同じ時を共有しているもの同士、同じような「何か」を感じ取って生きているのかな、と思ったりします。

自分が大事にしていたもの、かけがえのないものが無くなっても世界は変わらずに回り続けるって、さびしい、むなしいことだよね。
そんなときに前に踏み出すこと、新しく何かを大事にすることは、本当に勇気のいることだと思う。
でも、何でもいいから何かを始めたい、って思えるなら、それはすでに一歩前に踏み出しているんじゃないのかな。
何も気負わずに自然にしていれば、いつかそれが「何か」は分かってくるんじゃないかな?

と、自分の頭のハエも追えないやつが偉そうに言ってみましたよ。はは。おそまつさまでしたー。
Posted by いまり at 2006年03月28日 07:12
やさしい言葉を有り難う。
もがきながらも自分なりの精一杯で生きている二人の言葉は、暖かくて重くて胸の奥にゆっくりと積もっていく気がします。

息抜きを奪われてるのも辛いんだけど、仕事がね、「貧乏暇無し」状態なのも拍車かけてるんですよ。せめて相応と言わずともなにがしかの“見返り”があれば、まだ前向きに頑張れるでしょうが(苦笑)
“見返り”は金銭とか昇進とかじゃなく、自分の“肥やし”になるっていうのでも良いのだけれど、現在関わってる仕事はそういう“見返り”とは無縁の内容なんだよね。
「生きるために働く」んじゃなく、「仕事のために生きている」としか思えない毎日は、正直辛いですわ。

次の記事でも書いたけど、とにかく今はもっと煮詰まってみる事にします。
気分転換は挟むようにしますが(4月からはプチ旅行するくらいの時間は取れるはずなんで)、今までの人生で「生きていく意味」を真剣に考えた事はほとんど無いから、良い機会と思って煮こごりになるつもりで詰まってみますよ。
Posted by しろー at 2006年03月28日 23:54
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